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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)2254号 判決

原告

有限会社木幡商事

被告

井上勝彦

ほか一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、連帯して金三〇〇〇万円及びこれに対する、被告井上は昭和五八年四月九日から、被告エスケー食品株式会社は同年三月一九日から、支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五五年七月九日午後一一時三〇分ころ

(二) 場所 千葉県松戸市馬橋一八四七番地先路上

(三) 加害車両 自家用普通乗用自動車(品川五七ゆ九四五四)

右運転者 被告井上勝彦(以下「被告井上」という。)

保有者 被告エスケー食品株式会社(以下「被告会社」という。)

(四) 被害車両 自家用普通乗用自動車(足立五六も二七五五)

右運転者 訴外木幡秀清(下「訴外秀清」という。)

(五) 事故の態様 被害車両に加害車両が追突した。(以下右事故を「本件事故」という。)

(六) 結果 訴外秀清は右事故により入院一五日間、通院二年間の加療を要する頸椎捻挫・腰椎捻挫(自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)施行令第二条別表後遺障害別等級表一四級該当。)の傷害を負つた。

2  責任原因

(一) 被告井上は、加害車両を運転し事故現場の交差点にさしかかつたが、前方不注視のまま漫然と進行したため、おりから赤信号に従つて停止中の被害車両に気づかず、これに自車を追突させたもので、被告井上は民法七〇九条による損害賠償の責任を負う。

(二) 被告会社は、被告井上の使用者であり、本件事故は被告会社の業務執行中に発生したものであるから、民法七一五条一項による損害賠償の責任を負う。

3  損害

訴外秀清は廃油の収集及び運搬を業としていたところ、原告は、昭和五三年一〇月一一日右秀清の業務を引き継ぐほか産業廃棄物の処理を主たる目的として設立され右秀清が代表取締役に就任したものであるが、従業員僅か三名の小規模会社で、廃棄物処理業に必要な資格は右秀清のみが有し現実の作業にも同人が自ら従事していたのであり、法人とは名ばかりのいわゆる個人会社で、秀清には会社の機関としての代替性もなく、経済的に両者は一体を成す関係にあつた。しかるところ、原告の業務は極めて重労働であつたため、秀清は本件事故により長期間就労できず、そのため原告はその間休業を余儀なくされ昭和五五年一〇月には解散するのやむなきに至つた。右各事情からすれば、次の原告の損害は本件事故との間に相当因果関係がある。

(一) 原告は、産業廃棄物の埋立用地として、昭和五五年一月一七日、訴外秀清をして福島県双葉郡楢葉町大字小六郎八一番地所在の山林七八〇〇平方メートル他合計一万〇五〇〇平方メートルの土地(崖地)を賃借させており、右土地を昭和五九年一二月三一日までに廃棄物で埋立てる計画であつた。右土地は国道沿いにあつて、周囲にはレストラン・自動車修理工場等が所在して今後の発展が見込まれる場所であるから、埋立が完了すれば三・三平方メートル当たり約金一〇万円の価値を生じ、土地所有者との間で右土地の二割が原告の取り分とされていたから、原告は本件事故により埋立を実施できなくなり、これにより、埋立地の売却によつて得られたであろう利益金六三六〇万円を失つたが、次の計算式のとおり、少なくともその半額に当たる金三一八〇万円が事故と相当因果関係にある損害である。

計算式 10,500÷3.3×100,000×0.2×0.5≒31,800,000

(二) 原告は、前記(一)の土地に汚泥を埋立てる計画であつたが、本件事故による訴外秀清の受傷により少なくとも二年間右汚泥埋立事業ができなかつた。原告の汚泥一立方メートル当たりの処理賃は約金一万円で、原告は一〇トントラツク三台で営業しており、一台で一回一三立方メートルの汚泥の運搬が可能であり、一か月一台当たりの稼働日数を二二日として一往復に二日を要し、また営業の純益を三割として、原告の汚泥処理賃の逸失利益を算出すると、次の計算式のとおり、金三〇八八万八〇〇〇円となる。

計算式 10,000×13×22×0.5×3×0.3×24=30,888,000

(三) 原告は、本件事故により事業の廃止を余儀なくされたため、従業員三名を退職させたが、退職金に代え原告所有のトラツクを右三名に一台ずつ譲渡した。一台の時価は金五〇万円なので、原告は金一五〇万円の損害を被つた。

(四) 原告は、昭和五五年三月ころ、埋立事業に供する目的でバツクフオーを金三〇〇万円で購入したが、本件事故により事業の中止が余儀なくされ未使用のまま放置されたため使用不能となりスクラツプとしての価値(金二〇万円)しかなくなつてしまつたので、購入価額との差額である金二八〇万円が本件事故と因果関係にある損害である。

(五) 以上の損害額を合計すると金六六九八万八〇〇〇円となる。

4  そこで、原告は被告らに対し、連帯して、内金三〇〇〇万円とこれに対する本訴状送達の日の翌日である、被告井上は昭和五八年四月九日から、被告会社は同年三月一九日から、各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、(一)ないし(五)の事実は認め、その余の事実は不知。

2  同2の(一)及び(ニ)の事実は認める。

3  同3の事実中、訴外秀清が原告の代表取締役であることは不知、その余の事実は全て争う。

原告の主張する企業損害は極めて不確実で不確定要素が多く、到底本件事故との間に相当因果関係のあるものといえない。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実中(一)ないし(五)の事実及び同2(責任原因)の事実は当事者間に争いがない。

二  いずれも成立に争いがない甲第二四ないし第二七号証、第二八号証の一ないし四、第二九ないし三一号証及び原告代表者尋問の結果によれば次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

訴外秀清は、本件事故により頸椎捻挫、腰椎捻挫の傷害を受け、昭和五五年七月一〇日以降同愛会病院で受診したところ、「頸部痛、筋緊張高度にて外来治療するも症状続く」とされ、同年七月二二日から八月五日まで同病院に入院し、更に退院後同年一一月四日まで通院(実日数二三日)して治療を受けたが、これと併せて、山上治療院で昭和五五年七月一日から昭和五七年一二月三日までの間通院治療(実日数三九一日)を、また東京警察病院整形外科で昭和五五年一一月六日から昭和五七年七月一二日までの間通院治療(実日数四七日)を受けた。同病院では、昭和五七年七月一二日症状が固定したものと診断し、自覚症状として「背部から後頭部に及ぶ間欠的疼痛、右顔面から右肩甲骨にかけての自発痛左第一から第三指のしびれ感、両大腿後面の冷感、持続的な頭重感」が残り、他覚的所見は特に認められないとされた。同病院では右秀清に対し筋弛緩剤、消炎鎮痛剤、循環改善剤等の投薬療法を行い、秀清の余後については旧職に復することは困難かも知れないが職種いかんでは十分就労が可能であると判断をしている(ただし、秀清はその後も職に就いていない。)。以上の後遺障害は、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級一四級に該当する。

三  いずれも成立に争いがない甲第一、第二号証、第四ないし第七号証、第一五号証、原告代表者尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第三、第八号証、第一八号証、第一九号証の一ないし一〇、第二一、第二二号証、第二三号証の一ないし四、第三四号証ないし第三六号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一七号証、証人早川光久の証言、原告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  訴外秀清は、もと廃油の収集及び加工処理その他産業廃棄物の処理を業として、従業員に秀清の子訴外木幡政秀、秀清の弟訴外木幡毅、訴外佐藤進外一名を雇つて営業していたが、昭和四六年「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」が施行され、産業廃棄物の収集運搬又は処分を業として行うには所轄都道府県知事の許可を要することとなつたため、廃棄物の収集等の事業運営に支障が生じた。そこで、右秀清は、とりあえず廃油(含油汚でいであつて再生利用できるもの)の収集運搬について、昭和五一年三月一五日東京都知事の営業許可を、また昭和五二年一二月二二日福島県知事の営業許可を得て、廃油の収集運搬、処理販売の業を営んでいたが、右以外の廃棄物についてはなお知事の許可を得ておらず操業することはできなかつた。秀清は、産業廃棄物一般の収集運搬と更にその埋立処分をも事業内容に追加したうえ個人営業を会社組織に変更することを企画し昭和五三年一〇月産業廃棄物の処理及び土木工事等を目的とした原告有限会社を設立した。原告の資本金は金五〇〇万円、社員は当初訴外秀清のほか前記木幡政秀、木幡毅、及び訴外中川貞雄で、秀清が代表取締役に、他の三名は取締役にそれぞれ就任したが、その後昭和五五年一月右木幡毅及び中川貞雄は取締役を辞任した。

2  訴外秀清は、廃棄物の収集運搬処理業を営むのに法律上置くことが要求されている産業廃棄物処理施設の技術管理者の資格を取得し、また原告は、処理施設として、右秀清をして、昭和五五年一月一七日訴外森本松夫所有の福島県双葉郡楢葉町大字小六郎八一番地所在の山林約七八〇〇平方メートル他二〇〇〇平方メートルの谷間の崖地(深さ二〇ないし三〇メートル)(以下「本件土地」という。)を地代年金五〇万円で賃借させて確保し、同所に廃棄物を埋立てる計画を立てた。そして、原告は埋立事業の準備として、右秀清が建設機械運転技術の講習を受け(昭和五四年三月九日修了証交付)たほか、昭和五四年三、四月ころバツクフオー、ブルドーザー各一台を取得し、汚泥運搬用に、一〇トントラツク三台を金二四〇〇万円で買い受ける契約を取り付け、また東京地方からの汚泥運搬に五〇トントレーラーを使用する計画も有しており、更に秀清の知人の訴外早川光久にも協力を求め同人らの手で建設省の許可を得るのに必要な埋立地から公道に至る取付道路を設置した。しかしながら、本件事故当時、原告は未だ右営業に必要な知事の許可及び建設省の許可を得るに至つておらず、また、廃油の収集等の事業は原告会社でなく従前どおり右秀清の個人事業として運営していたため、原告の事業としては開始前の準備段階にあつた。

3  原告は、訴外秀清が本件事故に遭つて日も浅いうちに前記汚泥運搬用の一〇トントラツク三台の購入契約を解約し、既に取得済のブルドーザーを返却したうえ、事故後約三か月を経過した昭和五五年一〇月一三日には本店のある福島県相馬郡小高町田町で臨時社員総会を開催し(出席社員は代表取締役右秀清と取締役木幡政秀の二名。)、秀清の交通事故による受傷のため事業への再起が困難になつたとして解散を決議し、秀清が代表清算人に就任した。しかし、右秀清は原告の事業を早期に廃止することを決意していたにもかかわらず、右事実を後記のとおり当該事業の進展につき重大な利害関係を有する前記訴外森本松夫らに対し何らの連絡もすることなく放置した。

四  叙上認定の事実関係、特に原告の設立の経緯、及びその資本額、社員数、会社の意思決定は事実上訴外秀清によりなされ同人が会社を支配しているものと認められること、原告の事業に必要な有資格者は秀清のみであること等の営業規模、形態に照らし、原告は法人とは名ばかりの個人会社で、訴外秀清には会社の機関としての代替性はなく、経済的に両者は一体を成す関係にあるものということができるものとしても、以下に判断するとおり、原告の請求はいずれも理由がないものである。

1  原告は、本件土地の埋立が完了すれば、右土地は三・三平方メートル当たり金一〇万円の地価が見込まれるところ、土地所有者訴外森本との間に埋立完了に伴い原告が右土地の二割の譲渡を受ける約束があつたのであり、本件事故により埋立事業の廃止を余儀なくされたため、少なくとも金三一八〇万円の得べかりし利益を喪失したと主張し、証人早川光久の証言及び原告代表者尋問の結果には、本件土地は国道六号線に接する崖地で埋立前で三・三平方メートル当たり金二ないし三万円の価値で、また右国道脇の土地は金八ないし一〇万円の価値があり、右森本との間で埋立完了に伴い右土地の二ないし三割を原告が取得する旨の口頭での約束がなされていたとの供述部分がある。

しかしながら、(一)前記事実によれば、訴外秀清は、本件事故後早期に埋立事業の継続を断念しているのであるが、同人の事故による受傷の程度、入通院治療の経過、当裁判所に顕著な鞭打症(自賠法施行令二条別表の後遺障害一四級相当。)の症状例に照らし右程度の被害によつて一般の産業廃棄物処理業者が必ずしも廃業に追い込まれるものとも認められず、他の代替手段を講ずることによりその場をしのぐことが可能である場合が多いと考えられ、本件事故により原告が営業廃止を余儀なくされたとの点について多大の疑問が残るところであるし、(二)右埋立事業が、事故がなければ順調に進展して埋立が完了し、当該土地が原告の主張する価額で売却できるかどうかは、他の業者の有無経営手腕、経済状勢の推移等の諸事情により多大の影響を受けるものであるが、通常の場合予想されるべき営業利益の喪失はこれを推定せざるを得ないとしても可能な限り具体的な事実及び証拠に基づいてこれを立証すべきところ、前記認定のとおり、原告は未だ営業に必要な所轄官庁の許可も得ておらず、汚泥の収集運搬に必要な車両の確保も契約段階に止まり、廃棄物処理の取引先も未定の状態の準備中であつて、何らの営業実績も有しないものであることに鑑みると、いまだ原告主張の損害の事実をたやすく推定することができないといわざるを得ない。よつて原告の主張は採用できない。

2  原告は一〇トントラツク三台による汚泥の処理賃の得べかりし利益金三〇八八万八〇〇〇円を主張するが、右車両は事故当時購入契約を締結した段階で代金合計二四〇〇万円を要するところ未だ原告に引渡されてもおらず、原告の計画どおり汚泥の収集運搬埋立事業が順調に進むことを推認することができないことは前記のとおりであるから、これを前提とした原告の損害の主張は採用できない。

3  原告は事業廃止により従業員三名を退職させ退職金代りに原告所有のトラツク三台(時価合計金一五〇万円相当)を譲渡し、これが損害であると主張する。

原告代表者尋問の結果には、原告はその所有するバキユームローリー方式の車両三台(二トン車時価金一四五万二六〇〇円、四トン車時価金三二二万八〇〇〇円、八トン車時価金八〇七万円)を従業員三名に各一台退職金代りに譲渡した旨の供述部分がある。

しかしながら、前記のとおり、本件事故と原告の解散との間に因果関係が認められるかは疑わしいし、また原告は設立されたものの事業を開始する以前の段階で解散するに至つたもので、右従業員としても原告の従業員として業務に従事しないまま退職したものであるところ、本件全立証によつても原告に従業員に対する退職金支給の定めがあることを認めることはできないことに照らし、本件事故と右トラツクの譲渡との間に相当因果関係の存在を認めることはできない。原告の主張は採用できない。

4  前記甲第一七号証、原告代表者尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第二〇号証及び原告代表者尋問の結果によれば、原告は本件事業のため取得したバツクフオー一台を長期間埋立予定地に保管のための措置をとらず放置したため、その結果スクラツプとしての価値しかなくなり、これを金一七万円で売却処分したことが認められる(右認定に反する証拠はない。)。しかしながら、右証拠によれば、同時期に取得したブルドーザー一台はこれを早期に返却処分して右のような事態を免れており、訴外秀清はバツクフオーを長期間露天に放置すればその価値を減じ場合によつては使用に耐えなくなることを十分承知しつつ、何らその保管処分についての手段を講ずることなく放置していたものであることが認められ、右事実に徴すれば、前記事実をもつて、バツクフオーの損傷が直ちに本件事故と因果関係に立つ損害と認めることはできず、原告の主張は採用できない。

五  以上の次第であるから、原告の請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本久)

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